ミミック
『擬態』

『ミミック』はキノブレン社製特殊変形データで『ラーク』の強化改良型である。
『ラーク』は一つの視点から見た二次元画像データに基づいて、体表の色や
質感を変化させるだけだった。
これに対し、『ミミック』の場合は、まず複数の視点からの画像データを処理し、
変身の目標物を立体的に把握する。この三次元データに基づいて、
対象を体表の色や質感だけでなく、形状からして変形させるのである。

現状では形を似せるだけで、材質などは同じにはならない。
そのため機械に化けても中身は肉だし
魚に化けたからといって水中で呼吸ができるわけではない。

『ミミック』は非常に処理が重く、大量のDTと長い時間を要する。
精度にもよるが、目標物のスキャンに約五秒、変身データの生成に約二十秒、
実際の変身に約三秒を要する。変身を解いて元の形に戻るのは、約一秒かかる。



この『ミミック』時間の都合上、使い方が制限されるが・・・
時間さえ、十分にあればこれほど使い勝手のいいデータは無い。
特に、このような監禁の場合なんか特にな・・・

カツカツ・・・

廊下を歩く、樹に飯を届けるために。

カツカツ・・・

ツータングの足音だけが響く。

カツカツ・・・

壁にぶち当たる。この先が樹がいる部屋だ。

出口は、『ここだけ』
入口も、『ここだけ』

トレイを床に置き、息を整える。

そして、DT放出を始める。

使うのは、『ゼリー』と『ミミック』

まず、俺とトレイを『ミミック』を使って変身させる。
空間を移動するごとの作業になるから、とりあえず壁になる。

次は壁を『ゼリー』を使い、その名のとおりゼリーにする。
通るときに少々面倒だが、その辺は『ミミック』との併用でどうとでもなる。

処理が済むと、行動開始だ。

ミッションは、飯の配達。
いつも通りの仕事。

この処理は、我ながら完璧だ。
DT使いなら、ともかくとして素人の小僧に見抜けられるはずが無い。

ゼリーとなった壁を通る。
飯をこぼさぬように、注意して。

部屋に入ると、樹はいつもの通り壁を向いている。
あとは動くたびに処理を行い、樹の行動に注意しながらトレイを置くだけだ。

後ろ向きで歩く。

ダミーの扉の前に来ると、トレイを置く。
置く時に、トレイの裏側だけに『ゼリー』を使うのがコツだ。
そうすると、物音立たずに静かに置ける。

トレイを置き、『ゼリー』を解く。

あとは、帰るだけ。
何とも楽なミッションだ。

扉に向かって歩く。

だが、今日はいつもと違った。

樹が、急にこっちに振り向く。
何か急いでいるようにも見えるし、ピッチャーの投球フォームのようにも見える。

樹が、何か投げた。

十中八九、カッターナイフだろう。

樹には、それしか武器が無いし
今の俺にそれを投げても『意味が無い』

俺は冷静に『ゼリー』を発動させる。

ギロチンで真っ二つにされるなら、ともかくこんなカッターナイフでは波すら立たん。

そんな『油断』が招いた出来事だった。


          



inserted by FC2 system