ガチャン・・・

「もしもし?」

「やあ、初めましてかな?田中樹君。」

思っていたよりも、優しそうな声だった。
とても『監禁』などをしそうには思えないほどに。

「最初は、あんなに怖がっていたのにもう落ち着いているね。
 なかなかの適応力だね。気に入ったよ。」

相手は、俺の行動を素直に喜んでいるように思えた。

「一体あんたの目的はなんなんだ?金か?何億もの身代金を用意できるほど
 うちは裕福じゃないぞ。」

相手の反応を待つ。聴覚器官に全神経を集中させて。

「モ・ク・テ・キ?今、目的って言ったのかい?」

相手は、面白がるような口調だった。
まるで、人を馬鹿にしているような。格下の相手を見ているような。
そんな口調だった。

「そうだよ。目的だ。あんたがどんな目的をもって行動をしているのかが
 まったく理解できない。」

「・・・・・・・・・
フフフ・・・・・・・フフ・・・・・・・・・」

かえってきたのは沈黙。
少し笑っているようだ。

「じゃあ、質問を変えることにする。
 あんたは俺を殺そうとしているのか?否か?
 答えてくれ。」


・・・・・・・・・・・


再度、沈黙が流れる。

「いいだろう。質問に答えてやる。
 お前が死ぬかどうかは『お前が決める』事だ。
 決定権は常にお前にあり、俺には無い。」

「・・・・・・・・・?
 どういう意味だ?答えになっていないぞ。」

「直にわかる。とりあえず、俺がお前を『直接』殺す事は無い。
 お前が勝手に死ぬ事はあってもな・・・」

間接的には、殺すかもしれないという事か・・・

「わかった。じゃあ、次の質問だ。
 名前を教えてくれないか?」

「名前?俺のか?」

「そうだ。別に本名じゃなくてもいい。
 固有名詞がなくちゃ話しにくいんだよ。」

再度、沈黙・・・

「別にいいだろう・・・
 お前が俺の名を知ったところで、事態は何も変わらないし
 俺だけお前の名を知っているのは、アンフェアだからな・・・」

まったくその通りだった。

「俺の名は『ツータング』。
 そう呼んでくれ。」

ツータング・・・
外人なのか?その割には、日本語は完璧にしゃべれているように思う。
それとも、やはり偽名か。

「了解だ。ツータング。
 で、俺は一体これから何をすればいいんだ?」

「フフフ、いいねぇ。その前向きな姿勢。
 好きになりそうだぜ。」

「やめろよ。気持ち悪い。
 男と付き合う趣味はねー。」

「ククク、残念だなぁ。
 嫌わないでくれよぉ。樹ぃ。
 これから、長い付き合いになりそうなんだからよぉ。」

フランクな会話もOKか。俺が思っていたよりも、話せる『人間』らしいな。
それに、男と言われて否定をしなかった。男だな。おそらく。

「フフ、じゃあやるべき事を伝えるぞ。
 樹、お前の退屈な日常に俺たちが『変化』をつけてやる。
 一日に一度、必ず何らかの『変化』がお前の周りに起こる。
 お前は、その『変化』に対して何らかのアクションを起こせばいいだけだ。」

アクション?行動を起こせばいいだけなのか?

「そのアクションが正しければ別に代わり映えのない、いつもの日常が
 いつも通り繰り広げられるだけだ。」

つまり、行動が正しければ特に何も危害は加えないというわけか。

「だが、お前のアクションがもし間違いだった場合は・・・
 残念だが、最悪の場合。お前は二度とあの代わり映えのない
 いつもの日常を取り戻せる事はできない。」

行動が間違いならば、なんらかのペナルティが与えられる。

「大変だろうが、頑張れよ。応援してるぜぇ。
 飯は、こっちで用意してやる。朝・昼・晩三回だ。
 リクエストがあれば、気分がいいときは聞いてやるかもしれないぜぇ。」

「わかったよ。で、それはいつまで続くんだ?
 まさか、一生なんてことは無いよな?」

「さあな。俺は知らねえよ。
 一週間かも知れねえし、一生かも知れねえ。」

「そうか・・・
 分かった。」

「他に聞きたい事はあるか?」

「じゃあ、最後に一つだけいいか?」

「いいとも。何でも聞いてくれ。」

「今使ってるコイツは一体いつからここにあったんだ?」

「いつからだって?最初からに決まってるだろ?
 寝ぼけた事を言ってるんじゃないぜ?」

「聞きたい事はそれだけか?
 じゃあ、そろそろ切るぞ?」

「あぁ、了解だ。クソったれ。」

「ヒヒ、そう怒るなって。
 じゃあな、頑張って生き残ってみろよ。
 そしたら、俺をぶん殴れるかもしれないぜ?」

「ああ、その気持ちを糧に頑張っていくよ。」

「じゃあな。変化の始まりは、明日からだ。
 そしてそれに対する行動は、次の日まで。
 忘れるなよ?じゃあ、お休みベイビー。」

ガチャン・・・・・・ ツー・・・ ツー・・・

静かに受話器を、置いた。
この電話で、山ほど情報を受け取った。
とりあえず、今晩は死ぬ事はなさそうだ。

明日からは、どうなるか分からないが。

電話の男・・・
ツータングと言ったか、明らかに敵だと思ったが、やつはどちらかと言うと
こっちよりのような気がした。
そして、相手はツータングだけじゃない。複数のようだ。
ヤツ自身が、それを告げていた。

「変化か・・・」

振り返り公衆電話を見る。
だが、すでに公衆電話は姿を消していた。

ヤツは今日は変化は起きないと言っていたが
今日の変化は、おそらくあの公衆電話のことなのだろう。
そして、それに対するアクションは電話に出る事。

今日みたいに分かりやすい変化だといいんだが。
考えても仕方が無い。

今はただ、じっと時を待つだけだ。


          



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